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『朝駆けに潜むルムール・チェスト』

日記

 パリ労務局に勤務するレオノー・アシーリは、ラグ・ボートテック社に務め長年にわたり椰子の実製ボールパックの品質管理を任されてきたアジリ・オムニの給与明細が長時間に渡って不当に改ざんされていたという訴えを当人から受ける。
 「とはいえ、コレは果たして重要な事だろうか。んむ(これが体重100kgをゆうに超える、レオノー氏の一種の口癖だった)。たしかに彼は見たところ一部、受け取るべき正当な報酬を何がしかの形で社内のボランティアで組織されたビーチバレーチームの運営費として渡されていたことは事実であるが。んむ。しかし。んむ。そう。果たして、そう、目くじらを立てることかね? 事実として、アジリ・オムニ氏はこのチームの熱烈な支持者であったし、月々の活動費から大会の遠征費合宿費諸々、身銭を切って支援を惜しんでこなかったことは彼自身の口から語られたものである。んむ。であるからには。んむ。答えは明白」
 そうして肥満のレオノー氏は――いつもそうやるように――この訴えに『完全にすっきり問題なし』の印を押し、きれいさっぱり、何もかも解決済みと、アジリ氏の名前ごと頭の中からすっかり追い出してしまうのであった。
 それから数週間後のある日、パリ市警察のマシュ・シトロメ警部が、レオノーの元を訪れる。警部の話によると、ラグ・ボートテック社のバレーボールチーム『パロット・ロモン』のメンバーたちが次々と、謎の暴漢に襲われているのだという。中には大怪我をしてバレーボール生命を絶たれたものもいるとか。
「んむ。それは大変。実に恐ろしい話ですな。んむ。しかし警部さん。それが私に、一体何の関係が?」とレオノー氏。
「その襲撃事件の容疑者とされているのが、あなたが相談を受けたアジリ・オムニ氏なのですよ」
 アジリ・オムニは訴えがあっさり退けられたのを受けると――おそらく労務局を出たその足で――誰にも何も告げず、どこかへ行方をくらませてしまったのだという。四十六歳になる彼は独身で、友人も少ない。彼の上司が前日に、労務局に訴え出ることを憤慨した様子で伝えられたと語った。オムニの行方というのもかれこれ二週間探しているが一向に足取りがつかめない。事件を考えると当然パリ市内にいるものと思われるが、バレーチームのメンバーにつきっきりで襲撃を張り込んでも、まるでゴーストのように、警察の組んだ包囲網をするりするりと抜けていくのだという。
 しかしレオノー氏の頭のなかに、アジリ・オムニの名前は既に存在していない。臨時事務員のマリ・ロキャベルがいなければ、書類すら残っていなかったかもれない。ともかくシトロメ警部はその確認だけとると、期待はずれの顔をしてさっさと引き上げていった。
「ともかくね、死亡者はいない。これが幸いといえなくなくもないが。やれやれ……」

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